■◆お坊さんはどうやってなるの?
「お坊さん」はどうやってなるの?案外皆さん知ってみえないと思います。お坊さん、と一口に言っても、曹洞宗では様々な段階や位、それに伴う儀式があります。先日、蔵圓寺の孫(昭弘くん)がその「お坊さん」になる段階のスタートラインにつきましたので、ご紹介します。
《スタートは得度から》
今回、昭弘くんが就いたのは「弁事(べんじ)」という役割。折平の向陽寺住職の息子さんで副住職でもある、孝宗(こうしゅう)さんが足助の慈眼寺で晋山式(しんさんしき)を行いました。これはお寺の住職になる式です。弁事は、晋山式で中心となる法戦式(修行中のお坊さん=主座(しゅそ)が、他のお坊さんたちと問答を繰り広げる儀式)で、その主座に最初に問答をしかける役割です
訳わからん、と思いますが、お寺の世界は鎌倉時代、いや道元禅師が修行された中国(宋)の時代から大きくは変わっていないのです。お坊さんになるためには、様々な修行を経ないとなれないという訳です。
訳わからん、と思いますが、お寺の世界は鎌倉時代、いや道元禅師が修行された中国(宋)の時代から大きくは変わっていないのです。お坊さんになるためには、様々な修行を経ないとなれないという訳ですただし、実は弁事はやってもやらなくても関係ない。本当のスタートは、お坊さんの資格を持つ師匠から、お坊さんになるための最初の儀式「得度(とくど)」を受けることから始まります。髪を剃って仏門に入り、仏様の教えを授けてもらうのです。これは10歳以上でないと資格がないので、昭弘くんはまだ受けられないのです。大体、小学生の内に得度することが多いです。髪を剃るのが必須なのですが、昭弘君はもうクリクリ頭が気に入っているから問題はなさそう。
《専門僧堂に安居(あんご)》
得度を済ませると、いよいよ道場(専門僧堂)にのぼって修行をしなければなりません。これを「安居(あんご)」といいます。皆さんも永平寺・総持寺の専門僧堂は良く知って見えると思いますが、曹洞宗には全国で19か所の専門僧堂と専門尼僧堂(尼さんの道場)があります。最低6ヵ月以上の安居が条件です。永平寺などはTVでよく紹介されますが、厳しさに程度の違いはあれど、やっていることは同じです。俗世から切り離された独特の厳しい世界。自由な時間はトイレの中くらいです。
安居は、高校卒業以上くらいなら年齢はあまり問われません。中には、定年退職してからみえる方もいますが、歳を取ってからの修行は辛いようです。
安居は、この後出てくる立身を終えてからのことが多いです。
《立身・伝法・瑞世》
さて、得度が終わると「僧籍」に登録されます。いわゆる小僧さんですね。
次に来るのが、「立身(りっしん)」。先に出た法戦式で問答の中心を務める修行僧=主座になるのです。これは中学卒業以上、得度から3年以上が必要です。大体、高校生から青年くらいの方が務めます。たくさんの口上や問答を覚えなくてはならないので、大変な役割です。これが終わると、「座元(ざげん)」という段階になります。この後、安居をするのが一般的です。
そして「伝法(でんぽう)」です。7日間、朝夕にお釈迦様を礼拝し、法を伝えてもらう儀式です。これを終えると、両本山(永平寺と総持寺)にのぼり、高祖さま(道元禅師)と太祖さま(瑩山禅師)に礼拝する「瑞世(ずいせ)」を行います。これを終えると「教師」の資格を得て、「住職」になることができます。
住職になる式が晋山式(しんさんしき)で、これを終えてようやく一人前の住職というわけです。
<お衣やお袈裟(けさ)は位を表す>
お坊さんのコスチュームといえば、お衣とお袈裟ですね。座元までの修行僧は両方とも黒。墨染めの衣や袈裟、青々と剃った白っぽい頭のコントラストは、それはそれで鮮やかで恰好いいと思いますね。
和尚になって副住職になると、色のついた衣と袈裟が着用できます。でも、茶とか青とかの地味な色まで。住職になると、赤い衣(緋衣=ひえ)と刺繍の入ったお袈裟になります。そして大和尚(だいおしょう)の位になると、儀式で金襴(きんらん)のお衣が許されます。蔵圓寺住職は、今ここです。そして、さらに功績をあげて上の位になると緋恩衣⇒黄恩衣⇒赤紫恩衣⇒紫紺恩衣⇒特衣(紫)と上がっていくんですね。帽子も六角帽⇒鼓山帽子⇒立帽子と変わっていきます。ある意味、大変ですけど。
孫の昭弘くんがお寺を継ぐかどうかは、本人が成長した時にその意思を確認せねばなりませんが、「継ぎたくなるようなお寺を目指して住職ががんばらねば」と決意しているところです。
2022/12/23