古くは真言宗の古刹であったが、正保3年(1646年)に長楽寺5世立質金祝和尚によって改宗、曹洞宗として再興開山がなされた。
 古くから養蚕が盛んな地域として知られており、各地から生糸、蚕種を求める商人をはじめ、文人、墨客(書画を描く風流人のこと)らが多く訪れ、山内に常在していたことから地域のサロンとしての役割を果たしていたと考えられている。嘉永5年(1852年)2月には当地の俳諧歌の指導者久々舎翁臨史軒菊田関雄の雅会が開催されていたことから、文化の交流地としての役割も担っていた。
 また、  >続きを読む