円藏院は山号を福厳山と称し、佐賀市佐賀城の南に位置する。元は水ヶ江龍造寺家純の別館であった。天文七年(1538) 、家純の三男豪覚が療養していたが病死したため此の地に葬られた。天文十四年(1545)、馬場頼周らによって討たれた家純、純家、周家、頼純、そして豪覚の供養のために龍造寺家兼と周家の室であった慶誾尼によって寺院として建立された。家純の法号に因んで円藏院と称した。貞享年間(1684~1688)に一時消失するも、鍋島光茂により再建される。開山は要関探玄大和尚である。