永享8年(1436年)真達将公和尚が、今の場所より南の太平洋に近い日ヶ崎村に隣海庵を開創しました。慶安元年(1648年)曹洞宗に改宗するとともに、進外能迪和尚を迎え、日ヶ崎山隣海院となりました。
 宝永4年(1707年)大地震の大津波により諸堂が流出、翌年今の地に移転、日ヶ崎山を新居山と改めました。
 文化7年(1810年)の大火災より諸堂が消失したため、各所の修理、改築を行いました。
 山門は火災を免れ、最も古い建物として残り「ジキジキ像」が祭られています。